日本書紀 舎人親王等撰・伝飛鳥井雅世筆 [貴109]

〈外題〉大「日本記」(左肩打付書)
〈内題〉「日本書紀」
〈巻冊〉1巻1冊(巻第一)
〈体裁〉袋綴(紙縒綴)
〈書写年代〉室町時代末期
〈表紙寸法〉縦27.0糎×横22.7糎
〈書入・貼紙〉ナシ
〈奥書〉ナシ
〈蔵書印〉ナシ

〈解題〉

本書は、『日本書紀』巻第一・二(神代巻)の写本であるが、書写範囲は巻第二第九段本書の途中までであり、本文も省略されるところが大きく、ところによっては本文中にあるべき小書双行の注を一書と同じように大書にするところもある。そのため『日本書紀』巻第一・二を収めながらも墨付き24丁となっている。また、料紙には紙背を用い、本文には巻第一を中心として訓、ヲコト点、声点などを朱墨で付すも、巻第二にはそれらが無いため、本書は『日本書紀』の抜き書きであり、書写者の手控えとしての性格が強かろうと思われる。しかし、巻第一に付された訓点等は、現存諸本においては兼方本(吉田本とも、京都国立博物館蔵、国宝)に最も近い。兼方本にある頭注などは、本書には見えないが、本文行間に付された書き入れは一致するものがある。したがって、本書は兼方本、あるいは兼方本と縁の深い吉田家伝来の諸本に基づき書写されたと考えられる。吉田家伝来の諸本との関係は、本書が神代巻の一書を段下げ大書とすることも一致する。

本書表紙は後年改装されたものとみえるが、そこに「雅世卿御筆歟」と墨書があり、伝承書写者は飛鳥井雅世[1390~1452]である。雅世は室町時代の公卿で歌鞠家であり、早くから将軍足利義教に仕え、勅撰集の撰者として『新続古今和歌集』を奏覧したことで知られる。幼い頃から才に秀でており十三歳で自邸歌会の講師を勤めたことなどが『吉田家日次記』にも記されている。伝承書写者を雅世とした場合、吉田家と飛鳥井家とは接点があったということになろう。また、その場合は室町時代の早い段階での書写本となる。

〈備考〉

昭和15年3月21日付の保阪潤治宛辻善之助書簡を添付す。紙背文書アリ。

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